下重暁子と野際陽子の若いころの関係は!?

8月25日の「爆報THEフライデー」は下重暁子さんが出演します。下重暁子さんといえば「産みたくなけりゃ産まなくていい」の過激発言が有名です。

その過激発言は女らしさを求める男社会の反逆だったといいます。その反逆魂に火をつけたのが野際陽子さんだったといいます。

そこで今回は、下重暁子さんと野際陽子さんの若いころからの関係にスポットを当てていきたいと思います。

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下重暁子・野際陽子の若いころの関係とは?

下重暁子さんと野際陽子さんの関係をお伝えする前に、まずは二人のプロフィールをご紹介します。

下重暁子さんのプロフィール

名  前:下重暁子

出  身:栃木県宇都宮市

生年月日:1936年5月29日

学  歴:早稲田大学教育学部国語国文学科卒業

職  業:作家・エッセイスト・評論家

早稲田大学卒業後NHKに入社し、名古屋勤務を経て東京に戻り人気アナウンサーとなった。1968年にフリーになり、長谷川肇モーニングショーのキャスターを務めるなどした。

その後は執筆活動をし、2015年に出版した「家族という病」は50万部のベストセラーとなった。

野際陽子さんプロフィール

名  前:野際陽子

出  身:石川県

生年月日:1936年1月24日

学  歴:立教大学文学部英米文学科

職  業:女優・アナウンサー・司会者・歌手・ナレーター

大学卒業後NHKにアナウンサーとして入社し、研修後名古屋勤務になり天気や婦人番組を担当する。

1960年に東京勤務。1963年にはNHKを退職し適格を説明する係りとして広告代理店に勤務するが、出番がなくTBSの「女性専科」の司会者をすることになる。

その後は女優として活躍することとなるも、1966年五年癌であったパリのソルボんな大学に留学した。

一年後の帰国時はミニスカートをはいてタラップを降りてきて驚かせた。日本人でミニスカートを始めてはいたのが野際陽子さんといわれています。その後はドラマなど幅広く活躍した。

下重さんと野際さんの関係とは?

下重暁子さんと野際陽子さんの関係はもうお気づきかと思いますが、NHK名古屋放送局です。下重さんは野際さんの一つ後輩にあたり、当時住んでいた荒田寮では部屋が隣同士で、毎晩飲んでいたそうです。

下重さんと野際さんは高いアナウンス技術と美貌を兼ね備えており、あの草野仁さんもあ子れていたといいます。

2人は荒田のおろちと呼ばれたほど飲んだといいますが、次の日の仕事に差し支えたことは一度もないといいます。これは下重さんが野際さんから教えられたのだといいます。

綺麗でアナウンス技術も高い。更にどんなに飲んでも仕事はしっかりとこなすなんて完璧な人間ですね・・・

私も飲めることは飲めますが、次の日の仕事に影響しまくりですから・・・

まとめ

下重暁子さんと野際陽子さんの若いころの関係というのは、NHKの先輩後輩でした。今回下重さんの反逆魂の火をつけたというのはわかりませんでした。番組での下重さんのトークに注目したいと思います。

最近は芸能人や政治家ですらもプライベートが赤裸々に語られることが多いですが、2人のように飲もうが何をしようが、仕事はきっちりするなんてカッコよすぎますね?

また、こんなエピソードがあります。野際さんは名古屋の量に泥棒が入った時に、給料日前ということもあり「お願い食べられなくなっちゃうからお釣り頂戴」とテレビで呼びかけたといいます。何とも豪快な方ですね!

そんな二人だからこそマルチに活動ししかも人気がったのだと思います。最近テレビで見る人にこの様なプロはいないなと思います。

以上、下重暁子さんと野際陽子さんについての記事でした。では子今回はこの辺で・・・

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