今回は「アンビリバボー」で取り上げられたジェニファー・ブリッカーの生い立ちと養子に出された真相や現在、実姉でアトランタオリンピックの体操選手として活躍したドミニク・モセアヌの現在をまとめてみました。
皆さんはテレビで見ている憧れの人物が自分の兄弟(兄妹)だったらどうしますか?
今回はジェニファー・ブリッカーとドミニク・モセアヌの数奇な運命のものがたりです。
ジェニファー・ブリッカーの生い立ち
ジェニファー・ブリッカーは、オリンピック金メダリストのドミニク・モセアヌに憧れ、器械体操を始めた。まさか本当の姉妹だとは知らずに。本当にあった奇跡のような話です。(アトランタ五輪/1996) pic.twitter.com/u5hgtW9fuJ
— オリンピック (@gorin) June 13, 2017
ジェニファー・ブリッカーは生まれつき両足がありませんでした。生後3ヶ月で養子に出され育ての母親シャロン・ブリッカーと夫のジェラルド・ブリッカーに育てられました。
シャロンがジェニファー・ブリッカーにいつも言っていたのが「出来ないは、言わない」ということでした。
この様に育てられジェニファー・ブリッカーは健常者に交じって野球やバスケをやってきました。
ブリッカー夫妻はジェニファーに対して普通に接してきたことで、ジェニファーは他人と違うとは思ってこなかったといいます。
そしてアトランタオリンピックで活躍するドミニク・モセアヌに憧れ器械体操を始めます。
11歳でアメリカイリノイ州の大会で見事優勝し、青少年最高峰の協議会である1998年のAUUジュニアオリンピックで4位に入り米国タンブリング協会のインスピレーション賞を受賞しています。
そして16歳になった時にブリッカー夫妻に尋ねた時に衝撃の事実を告げられます・・・
「お前のラストネームはモセアヌ(モチアヌ)」だったと・・・
育ての親のシャロン・ブリッカーはアトランタオリンピックでテレビに映るドミニク・モセチアがジェニファーの実の姉だという事にくづいたといいます。
ジェニファー・ブリッカーは自身が養子で生みの親はルーマニア出身であることは知っていましたが、あこがれていたドミニク・モセアヌは実の姉だったのです。
ジェニファーブリッカーが養子に出された真相・真実
生れつき両足がなかったジェニファー・ブリッカーを嫌って養子に出したのは、実の姉ドミニク・モセアヌの父親であり、自身の実父でした。
ジャニファー・ブリッカーが生まれた時に実の親は名前を付けることも放棄したと書かれているものもありましたが、母親は当時のモセアヌ家は貧しく、高額な医療費が必用だったために養子に出されたといっております。
とはいえジェニファー・ブリッカーの実の親たちがどんな人物だったのかは次のドミニクの生い立ちのところを見ていただければわかると思います。
ドミニク・モセチアの生い立ちと両親の関係
一方実の両親のもとで育った実の姉のドミニク・モセチアは体操の才能があると知った父親からスパルタ教育をされ育ってきました。
ドミニクには妹がいるのですが、もう一人の妹ジェニファーがいるという事は教えていませんでした。
アトランタオリンピックの2年後にジェニファーの実の姉ドミニク・モセチアは親子関係解消の裁判をし、全米で注目される事となった。
ドミニクは体操でどんな些細なミスだったとしても父親から耳を引っ張られたり顔を殴られたりといった体罰を受けてきたのだといいます。
また、ドミニクが体操で得たお金はすべて父親がすべて取っていってしまったといいます。
涙ながらに訴えるドミニク・モセチアの姿を見たジェニファー・ブリッカーの育ての親のシャロンは「ジェニファーはこんあ親の元で育たなくてよかった。自分たちが育ててよかった」と心底思ったとのことです。
ジェニファー・ブリッカーはドミニク・モセチアが実の姉と知って手紙を何度も出していたのですが、実も父親がドミニク・モセチアに渡さないようにしていたのです。
裁判で親子関係が解消になったことにより、ジェニファーの手紙がドミニクに届き妹であるジェニファーの存在を知ることとなったのです。
ジェニファー・ブリッカーの現在や仕事は?
現在ジェニファー・ブリッカーは空中パフォーマー(パフォーミングアーティスト)として活躍されていて自立した生活をしています。
天井からつるされた二つのケープを使ってアクロバティックな演技を得意技としている。
障害を持ちながらも実の姉に憧れて器械体操をしたことで、現在のパフォーミングアーティストとしての活躍につながっています。
また、ドミニク・バウアーという著名な音楽家でオペラ歌手の男性と結婚して2023年7月に第一子を出産されています。
ドミニク・ドミニク・モセアヌの現在は?
ドミニクモセチアは現在企業家、著作家、講演かとして活動されているようです。結婚して子供がいます。
そもそもジャニファーの手紙が届き妹の存在を知ったのは、初めての子供を出産する2週間ほど前だったからです。
まとめ
ジェニファー・ブリッカーはブリッカー夫妻の養子として愛情を受けて育ち、実の姉でありジェニファーの憧れの存在であったドミニク・モセアヌはオリンピックで活躍したものの、実の親から幼少から体操のスパルタ教育を受けて育ちました。
お互いが姉妹であることは知らなかったものの数奇な運命で再会を果たしました。
最後にジェニファー・ブリッカーは三姉妹で自分が一番ラッキーだったと断言しています。愛情あふれる親の元で、すくすく育つことができたのは足がなかったお陰。自分が一番幸運だったと・・・
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