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石井章夫の東京ガス時代の成績や現在は?高校・大学等経歴!

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皆さん古田敦也さんは知っていますよね!?歴代プロ野球でも指折りのキャッチャーですね!そんな古田敦也さんが社会人野球時代に負けを認めた天才キャッチャーがいるといいます。

  

プロでも自分より守備が凄いという思える選手はいなかったというほどの古田選手はその選手を見て、この天才を超えていかないとプロになれないと奮起したといいます。

 

古田敦也さんにそこまで言わせる天才キャッチャーとは誰なのでしょうか?

 

その天才キャッチャーの名前は石井章夫さんです。実は元西武で投手として活躍した石井貴さんの兄です。

 

7月25日の「消えた天才」で今回石井章夫さんが古田敦也さんが負けを認めた天才として取り上げられるんです。

 

古田敦也さんが負けを認めたというくらいですので、もちろん石井章夫さんはドラフトで指名されるのですが、なんと入団拒否をしたのです。

 

ということで今回は石井章夫さんが入団拒否をした理由など、石井章夫さんについて詳しく紹介していきたいと思います。

 

石井章夫の東京ガス時代の成績や現在は?

石井章夫さんは大学時代大洋ホエールズからドラフト2位で指名されますが、入団拒否をして東京ガスに就職します。

 

東京ガスでの詳しい成績を調べてみたのですが、情報がありませんでした。今の時代であればネットに情報があったりするんですが残念です。

 

東京ガスでは1987年から1998年の12年間選手としてプレーし、いったん社業についてから、2003年から3シーズン監督を務めています。

 

また2017年には社会人野球日本代表の監督を務められております。現在も日本代表監督を務められており、今年10月に台湾で開催される「BFAアジア選手権」に向けて代表候補の選手をチェックしています。8月末にはフランス遠征も控えているといいます。

 

社会人野球で選手として活躍するのも一握りといわれますが、監督もされているんです。

  

また、社会人野球日本代表の監督に選ばれるくらいですから現役時代の成績がわからなくてもいかに優秀な人物なのか想像できますね!

 

石井章夫の出身高校や大学(経歴)

石井章夫さんが社会人野球の東京ガスでプレーし、日本代表監督を務められている凄い方だとわかったところで、出身高校や大学といった経歴も気にあるところです。早速お伝えしましょう!!

 

石井章夫さんは神奈川県の桐蔭学園高校の出身です。桐蔭学園高校野球部は1971年夏に初出場初優勝し、計春6回、夏6回の甲子園出場歴があります。

 

石井章夫さんはというと、1年生の時に決勝まで進出しますが、あの横浜高校に敗れています。残念ながら在学中に甲子園出場することはなかったようです。

 

桐蔭学園高校といえば、野球強豪校でプロ野球選手だと元巨人の高橋由伸さん、元阪神の平野恵一さんがOBにいます。また進学校としても有名で、皆さんが知っているあの有名人も桐蔭学園高校出身者なんです。ちょっと紹介してみます!

 

【桐蔭学園高校出身有名人】

・織田裕二(俳優)

・水嶋ヒロ(俳優)

・やくみつる(タレント)

・西川史子(タレント・医師)

・中村仁美(アナウンサー)

・野田洋次郎(ミュージシャン)

まだまだおりますが、各界に多数桐蔭学園高校出身者がいらっしゃいます。

 

桐蔭学園高校卒業後石井章夫さんは慶應義塾大学に進学します。

 

慶応大学野球部といえば皆さんご存知の通り、大学野球の超強豪でプロ野球選手を多数輩出していますね!

 

石井章夫さんの大学時代の成績は情報がありました!

東京六大学リーグ60試合出場

199打数45安打・打率.226  3本塁打 15打点

ベストナイン2回選出

成績を見てみると打撃に関しては特別な成績ではないと思います。古田敦也さんがいう「守備でお金がとれる選手」 ということで、キャッチャーとしてすごかったようです。

 

石井章夫さんのキャッチャーとしてのすごさを古田敦也さんの言葉を借りてお伝えしたいと思います。

・ 「ホームベースから盗塁を刺す送球が見たことのない速さだった」

・ 「この天才を超えていかないとプロにはなれない」

・ 「彼の存在がなければ今の僕はいない

後に盗塁阻止率通算歴代1位の古田敦也さんにここまで言わせるのですから、キャッチャーとしていかに素晴らしい選手だったのでしょう!

 

その後石井章夫さんは大学4年の秋にドラフト指名を受けるのですが、入団拒否をして社会人野球の強豪・東京ガスに就職しました。

 

石井章夫がプロ入りを拒否した理由

誰もが夢見るプロ野球選手ですが、なぜ石井章夫さんは拒否したのか気になりますよね!?

 

現に石井章夫さんは 「プロに行きたい気持ちはあった。プロ野球選手は小さい頃からの夢だった」  と後におっしゃっています。

 

その理由はというと石井章夫さんは父親を早くに亡くしており、母子家庭だったのです。

 

当時22歳だった石井章夫さんは成功するかわからないプロ野球よりも糧事情を考え社会人野球を選んだのだと思います。

 

「本音を抑えてプロ入りを我慢した」と後に語っていますので、苦渋の決断だったのでしょう。

 

当時はバブル真っ只中でしたので、家庭のことを考えるとやはり就職というのが間違いなかった時代でもあります。

 

石井章夫の弟は元西武の石井貴!

冒頭でも触れましたが、石井章夫さんの弟は元西武で投手として活躍した石井貴さんなんです。石井貴さんは 藤嶺学園藤沢高等学校 から三菱重工横浜を経て西武にドラフト1位で入団しています。

 

現在は楽天の2軍投手コーチをされております。現役時代より投手陣のリーダーで、引退後も西部の投手コーチ、独立リーグの監督など指導者として活躍されています。

 

おわりに!

今回石井章夫さんが古田敦也さんが負けたキャッチャーとして「消えた天才」で取り上げられますが、全然消えていないです。

 

いつも楽しみにしている番組ですが、今回はちょっと番組タイトルがしっくりこない感じが・・・

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